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フリーランス3年目の映像クリエイター。スタジオランチボックス主宰の高橋雅紀がフリーランスとしての気づき、映像制作、シナリオ作成のTipsなどを紹介しています

本の感想『サイレントマイノリティ・難民調査官』下村敦史

サイレント・マイノリティ 難民調査官

サイレント・マイノリティ 難民調査官

 

 

<あらすじ>

新宿の路上でシリア人イスマイール・バスマが殺害され、その直後、彼の妻が何者かによって誘拐された。

人権派ジャーナリストを自認し「差別主義者」を糾弾する端緒を探っていた山口秋生は、この事件に目をつけ、日本国内で差別や偏見に苦しめられている(と山口が決めつけている)シリア人へのインタビューを開始。
やがて彼は、不法滞在が発覚し、難民申請中のシリア人の存在を知る。

そのシリア人はナディーム・アワド。
難民調査官の如月玲奈と部下の高杉純が、難民申請受理の可否を判断するためインタビューをしている人物だ。

ナディームは、アサド大統領率いるシリア軍と、反アサド派のシリア自由軍、加えてISなどのテロ組織により泥沼の内戦状態にあるシリアから9ヶ月前、日本へ渡航
今は都内で娘のラウアと二人で暮らしている。

供述には説得力があり、申請受理へと心証は傾いていたが、
彼の娘ラウアは「自分達は迫害などされていない。平和に暮らしていた」と父と真逆の供述をする。

父と娘。どちらの供述が正しく、どちらが嘘をついているのか?


真偽を確かめるため、玲奈はシリアに滞在しているジャーナリスト長谷部真二に連絡を取り、ナディームの故郷の調査を依頼する。


イスマイールを殺害したと目される人物から脅迫状が届いた。
「ナディームの難民申請を不認定にしろ。さもないと誘拐されているバスマの妻の命はない」
玲奈は、メディアの糾弾を恐れた上層部から調査の切り上げと不認定の報告を早急に上げろと厳命される。

加えて、ナディーム本人が供述をひるがえし迫害の事実はなかったと言いだした。
釈然としない想いを抱えつつ、玲奈はナディームの難民申請を却下する。


現地を取材していた長谷場はシリア国内で活動するテロ組織『アジャリー・アーシファ』に捕縛されるが、極秘任務中のフランス人と協力して危地を脱する。

 

あらたな脅迫状に従い、ナディームの娘ラウアだけが解放される。
警備する警視庁のスキをつき、ラウアが行方をくらませた。

帰国した長谷部と再会する玲奈は、彼の撮影した写真から真相に辿り着く。

ネタバレはこちら

<登場人物>

一方で貧困集落で炊き出しを続けるなど、優しい一面も隠し持っている。
台湾人の母を持つハーフ

山口秋生(45)……フリーのジャーナリスト
自己の「正義」を疑わず、時に自分の主張に沿うように、質問の誘導、誇張や曲解を行うジャーナリスト。新宿の路上で発生したシリア人殺害事件をきっかけに、日本に暮らすシリア人に目をつけ、差別主義者を糾弾する記事を書くために接触する

長谷部真二(30半ば?)……フリーのジャーナリスト
元難民調査官で、玲奈の先輩。もっと自分にできる事はないか?と自問した結果調査官を辞め、フリーのジャーナリストとしてシリアに滞在している。
玲奈の依頼を請け、ナディームの故郷の街を訪れる

高杉準(28)……難民調査官補
玲奈の部下。正義感が強く、情に熱い。
『弱者』である難民側に寄った発言が多く、つど現実主義者の玲奈と衝突する。
人権派弁護士として、難民の救済に尽力していた父への反発から、難民調査官 になる。

ナディーム・アワド(42)
シリア人。内戦状態にあるシリアから逃れ、日本に滞在。
滞在中にビザが切れたため不法滞在者として摘発される。

ラウア(13)
ナディームの娘。自分たちは母国で迫害されていないと玲奈に告げ、父、ナディームの供述を揺らがせる


<特筆すべき点>

★前作同様、難民調査官という焦点のあたる事のなかった職業。および日本ではあまり語られる事のない中東情勢を細かく取りあげています。

◯ 山口が玲奈を「台湾人とのハーフ」であることを理由にくさす場面がありますが、
玲奈はあまり動じている様に見えませんでした。
仮に乗り越えたと思っていたも、国籍、セクシャリティの問題は他人から指摘されると気持ちを揺さぶる物ではないかと思います。
自身の国籍に関する玲奈のゆらぎが描かれていれば、主人公玲奈への共感がしやすくなると思いました。

◯ ジャーナリストの山口が幼稚すぎるため、彼が玲奈と対等に戦える人物とは思えず、二人が充分に対立できているように感じられませんでした。

◯ 山口の印象を下げるためだけに存在する描写が多い気がしました。
協力してくれる翻訳者に無償を強要する。性的な独白を挟み込むなどが、
自分の正義を譲らない男。という山口の性格設定を補強しているとは感じられませんでした。

◯ 中盤以降、長谷部によるシリア国内の取材活動が大きく紙面を割いていますが、個人的には難民調査官の仕事をもっと詳しく描いてほしかったと感じました。
調査だけではなく、書類の申請、上司や関係部署へのネゴシエーション、劇中、山口が触れるような問題のある難民調査官との対立などを読みたかったなと感じました。


法務省のデータによると、実際に難民申請が多いのは、フィリピン、ベトナムスリランカをはじめ東南アジア諸国が上位をしめています。前作、本作ともに中東の難民申請者を扱っていますが、もし続編の構想があるなら東南アジアの人物を中心に沿えた物を読んでみたいと感じました。

前作:(感想はこちら

難民調査官

難民調査官

 

 と、あわせて読むと面白いかもしれないルポルタージュ

ルポ 差別と貧困の外国人労働者 (光文社新書)

ルポ 差別と貧困の外国人労働者 (光文社新書)

 

 

                             以下ネタバレ>

一年半前、現地取材の途中、テロリストに捕縛された長谷場はアジトからの脱出の際に撮影した写真を見せてもらう。
アジトには多くの女子・女性が奴隷として監禁されており、その中にナディームの娘、ラウアの姿も見つける。

フランス人諜報員の扇動で、テロ組織は壊滅するが、首謀者とその妻を取り逃がす。
その首謀者こそが、新宿で殺害されたイスマイール・バスマであり、妻と目されていたのはラウアだった。

ナディームは、自身の家族を殺したバスマへの復讐を抱き、日本に来た。
復讐をはたしたナディームは、奴隷として妻にされていたラウアを救出。
自身の娘として共に日本で過ごしてきた。

バスマの事件が公になれば、自分を救ってくれたナディームは殺人犯として罪に問われてしまう。そう考えたラウアはナディームの難民申請を不認定にして、シリアに送り返すことで、彼をかばおうとしていたのだ。

多くのシリア人を虐殺した非道なテロリストとはいえ、殺人は日本では刑事罰にあたる。煩悶のすえ、玲奈は事実を明らかにしてナディームに罪を償わせる事を選択した。

ナディームにその決定を告げた後、玲奈はバスマによって殺害されたと思われていたナディームの娘二人が生きている事を告げる。