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フリーランス3年目の映像クリエイター。スタジオランチボックス主宰の高橋雅紀がフリーランスとしての気づき、映像制作、シナリオ作成のTipsなどを紹介しています

本の感想『難民調査官』下村敦史

難民調査官

難民調査官

 

 

<あらすじ>

ムスタファが通報を請け摘発される。
通報したのは西島が属する『不法滞在者撲滅委員会』
自分たちのような日雇い労働者の仕事を奪う、不法滞在の外国人を入管に通報し、その摘発に手を貸している団体だ。

摘発されたムスタファは、難民調査官、如月玲奈とその部下の高杉によって尋問される。
イラク国籍のクルド人であるムスタファは母国での迫害を訴える。
現実主義者の如月と、情に流されやすい高杉は、申請者への対応で時に衝突する事もあるが、ムスタファに関しては説得力があると感じていた。

しかしムスタファはイラク国籍ではなくトルコ国籍のクルド人だった。

 トルコと日本は長年親密な関係を保っており、そのトルコへの配慮からトルコ国籍のクルド人が難民と認定される事はない。
クローズしようとする玲奈に、若々しい正義感で反論する高杉。
高杉に感化された玲奈はムスタファの調査を続ける事を決める。

夫、ムスタファを勾留され不安な日々を過ごしている妻のアイシャとその娘。
そんな二人をささやかながらサポートする日本人が現れた。不法滞在者撲滅委員会の西島だ。

自らの通報により家族を引き裂いてしまった事を悔やんでいた西島は、その罪滅ぼしのつもりで二人をサポートするようになる。
会社をリストラされ、家族を捨てて、人生の希望を見失った西島。
その日暮らしの日々を送っていた西島は、二人とのふれあいと通して、忘れかけていた家庭の安らぎを感じていた。

ムスタファへのインタビューは続いた。
接触してきた公安から、ムスタファによるテロ実行をほのめかされ玲奈は揺れる。
実際、ムスタファは母国トルコの武装組織PKKへのシンパシーを口にする。
さらにはトルコ大使館の見取り図を所持していた事も発覚する。

難民申請を却下した玲奈に、ムスタファは「全ては難民申請を得たいがための嘘だった」と告げる。
裏を取るため、同じくテロリストと目されていた人物・ジャマールの居場所を聞き出し、赴く高杉と玲奈。しかし彼らが到着した時には入国警備官による摘発が行われていた。

ジャマール、そしてかけつけたムスタファは摘発され、トルコへの国費での強制送還が行われた。
異例の事態に納得ができない玲奈と高杉は、ムスタファへのインタビューを続けるためトルコへと飛んだ。

高杉と玲奈。トルコに飛んだ二人は、国家レベルでの密約がかわされており、
それゆえにただ平和を求めるだけの市井の人が苦しめられている事を知る。
玲奈は公表を控える見返りとして、ムスタファ一家のカナダへの定住を取り付けた。


<登場人物>

如月玲奈(29)……難民調査官
徹底的な現実主義者。論理的で飾りのない発言は、ときに冷たいという印象を与える。
一方で貧困集落で炊き出しを続けるなど、優しい一面も隠し持っている。
台湾人の母を持つハーフ。

西島耕作(45)……不法滞在者撲滅委員会のメンバー。
不法滞在者を通報し、入国管理局に引き渡す活動に関わっていたが、
(不法滞在している)クルド人母娘と関わる事で、彼らへの共感が芽生え、彼らの生活をサポートするようになる。

勤務していた投資銀行をリストラされ、家族を捨てて逃走した過去を持つ。
日雇いのバイトで食いつなぐ日々の中、底辺の仕事を奪い合う不法滞在の外国人への敵意を募らせていった。

高杉準(28)……難民調査官補
玲奈の部下。正義感が強く、情に熱い。
『弱者』である難民側に寄った発言が多く、つど現実主義者の玲奈と衝突する。
人権派弁護士として、難民の救済に尽力していた父への反発から、難民調査官 になる。

ムスタファ(35)
イラク国籍のクルド人。日本に不法滞在していたが西島らの通報により摘発。
難民申請を行う。武装組織クルド労働者党への共感を示す。
正規ルートで入国した事を隠し、密入国したと嘘をつく。

アイシャ
ムスタファの妻。夫の勾留後、西島と知りあう。


<特筆すべき点>

+難民調査官という焦点のあたる事のなかった職業を取り上げ、その仕事について深く掘りさげています。

ー主人公の如月玲奈が、人としても調査官としても完成されている印象があり、彼女の気持ちの揺れが乏しいために共感を得づらいです。

+感情豊かで、つい調査対象の難民申請者の側に寄ってしまいがちな、高杉純。

もともとは不法滞在者を憎み、その摘発に力を貸していたのに、リアルなクルド人母娘と触れ合う中で、考えを変え、最後にはその逃亡の手助けまでするようになる西島耕作の方が、ドラマを担う人物として魅力を供えていると思いました。

ーにも関わらず、物語の第二の主役とも呼べる西島が最終版に物語に絡んで来ないのは、とても残念に感じました。

ー著者の意見と思われるものが、生に近い状態で小説内にあらわれているように見受けられ、お説教のように感じられる部分が少なくありませんでした。

ー高杉と玲奈のやりとりの中で恋愛を思わせる箇所が時折現れ、そこだけがラノベテイストで浮いてしまっている印象があります。

+随時、ドイツを中心とするEU諸国の難民受け入れの経緯が挟み込まれていきますが、難民をテーマにした小説として、点景として扱うのであれば、テーマを強調する事になるので、良い効果を産んでいるかもしれないと思いました。

その続編

サイレント・マイノリティ 難民調査官

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ルポ 差別と貧困の外国人労働者 (光文社新書)

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