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作:中庭順子
人物:
リサ(29)
リサ「ただいま~」
ドアを閉める音。
リサM「誰もない部屋に『ただいま』。女子の一人暮らしを悟られないように始めた習慣だけど、終わる日が近い……長峰理沙、29歳。ついに……(周平の声真似)『リサけ、結婚しよう』(リサ本人)『周平……一晩考えさせて』(ずる賢く笑う)言ってみたかったんだ。この『一晩考えさせて』っていうの。心の中ではイエスを連発してたんだけど」
コーヒーメーカーを床に置く音。
リサM「そして、これ! 買っちゃった。コーヒーメーカー。やっぱり新婚の朝はコーヒーの香りからだよね。どこに置こう? ここ? ベッド横の棚。朝起きたらすぐ目に入る。当分、ニヤニヤできる(笑い)」
リサがベッドに倒れこむ音。
リサM「ベッドに寝転ぶと、ちょうど目に入る。はあー、ここまで長かったな……周平は会社の後輩。口下手だけど、行動は早い。陸上部だったからかすぐ走る。人が持っているソフトクリームを見て、私が『食べたいね』って振り返ったら」
周平が走って遠ざかる足音。
リサM「周平はすでにソフトクリーム屋さんに走ってた。別の日、『傘忘れた』とランチしたお店に電話してたら、周平がいない。やがて」
周平が走ってくる足音。
リサM「傘を持って走ってきた。とにかく、すぐ行動、すぐ走る。なのに、めっちゃ口下手。プロポーズの言葉が出てこなくて」
船の汽笛。
リサM「港の見える丘公園」
枯れ葉を踏みしめる音。
リサM「銀杏のじゅうたんを歩く並木道。ロマンチックな場所で、周平、ここだよ。ほら、プロポーズって、必死に目で合図しても、口を開けては言葉を飲み込む。その繰り返し。そして今日」
ゴリラの雄叫びと檻をゆする音
リサM「動物園。檻をゆするゴリラの顔を真似て振り向いた私に周平がついにプロポーズ。ロマンチックではなかったけど、やったー! もったいぶって『一晩考えさせて』って言っちゃったけど、いいよね。言ってみたかったんだもん。そうだ、明日、返事しなきゃ。ああ、興奮して眠れないかも。目の下にクマなんて作りたくない~」
リサの寝息。
リサМ「えっ? 地震?」
家具が揺れる音。
リサM「来た。あ、コーヒーメーカー」
コーヒーメーカーが落ちて、壊れる音。
リサ「ああ! 新婚の朝が……」
次第に家具が揺れる音が小さくなる。
メールの着信音。
リサM「周平だ。『地震大丈夫?』って、(メール打って)『大事なものが壊れてショック受けてる』」
メールの着信音。
リサM「『今から行く』って、えっ? 外暗いよ。何時?4時半……(メール打って)『いいよ。まだだよ。始発』……既読つかない……あ、走ってるんだ」
周平が走っている足音。
リサM「絶対走ってる。電車でも1時間かかるのに……周平は地震で一番に私のこと思い出してくれた。なのに私は……物が壊れたとか、落ち込んでるとか、自分のことばっかり。(涙声)周平は真っ直ぐだよ。私に向かって真っ直ぐ走ってきてくれるんだよ。バカだ。私。プロポーズの返事をすぐにしないで。行く! 私も走る。すぐに返事する」
上着を羽織り、ドアまで歩く。
ドアを開け、閉まる音。
(完)
このシナリオを使って収録したボイスドラマです。